※先日掲載した「レイド部下ストーリーズ~傭兵哀歌~」の後日譚。例によって「リネージュ2」プレイヤー以外には分かりにくいのでお覚悟を。
数日前に冒険者たちの襲撃を受け、ボスを中心に甚大な被害を蒙ったパルチザンのアジトであったが、負傷していた兵の復帰も重傷者を除いて始まったこともあり、復旧のための作業が本格化していた。
作業は襲撃の翌日から昼夜を問わず続けられていたが、この日は気候の安定したアデン地方にしては珍しく、朝方から降り始めた雨はなかなか止む気配を見せなかった。夕刻になっても雨足は一向に弱まらず、足場が悪い中での夜間の作業は危険であるため止む無く中断が決定され、兵たちは少数の歩哨だけ残してそれぞれの宿舎に戻り、連日の作業で疲れた体を休めることとなった。
雨は夜半近くになってわずかに弱まったものの、翌朝までは続くであろうと思われた。山中のアジトは時たま巡回してくる歩哨以外は動くものもなく、久しぶりに静かな夜を迎え、日付が変わろうとする頃にはほとんどの兵士が寝静まっていた。
しかし、雨音に遮られて多くの者が気付いていなかったが、錬兵場には昼間と同じように大勢の訓練兵たちが集合しようとしていた。
整列した訓練兵の前では教官が、周囲を意識して低く抑えてはいるものの、普段の訓練と同じように鋭い声で矢継ぎ早に命令を下していく。
「小隊傾注! これより夜間行軍の訓練を行う! 1分以内に準備を終わらせろ!」
「毛皮を濡らすな! 濡れた毛皮は体力を消耗させるぞ! 今のうちに十分に油を含ませておけ!」
「いいか、訓練と言えどアジト外での行動である以上敵と遭遇する可能性が皆無なわけではない、決して油断はするな!」
「雨は自分の気配を消してくれるが、敵の気配もまた掴みにくくなる。不意の遭遇戦では何が起こるか分からん。死にたくなければ一時たりとも気を抜くな!」
そして、最後に教官は防水シートに包まれた大きな荷物を指さした。補給品であろうか、これだけの量が準備されているとなると相当長距離の行軍であることが予想される。
「お前たちも分かっているとは思うが、この荷物は重要なものだ、極力揺らさぬよう努めよ! 乱暴に扱う者は懲罰の対象になるぞ! なお、担ぎ手は半刻毎に交代! 疲労で行軍速度を落とさぬよう注意せよ! 明日の朝には戻らねばならん!」
コートを着込み、雨避けの油を全身に塗り終わった訓練兵たちは再び整列し、負担を均等にするため体格の近い者から選び出された担ぎ手たちが、輿に乗せられた荷物に不要な衝撃を与えないよう慎重に担ぎ上げる。
「よし、準備はできたな? では小隊進め!」
教官の先導で訓練兵たちが出発しようとしたその時、錬兵場脇の草叢を掻き分けて数名の屈強な兵が現れ、その後に続いてオル マフム ロードが悠然と歩みだしてきた。
「か、閣下、夜分にこのような場所にいらっしゃるとは、何か急な事態でも? まさかまた冒険者どもが?!」
突然のことに教官だけでなく訓練兵たちも瞬時に硬直し、ロードを注視する。
「いやそうではない、少々目が冴えて眠れぬがゆえ、復旧状況を見回っておったところにこの騒ぎを聞きつけたものである。今宵は訓練があるとは聞いておらぬが、なぜ訓練兵を集結させているのか?」
どうやら予定にない訓練を行おうとしたところに不審を抱かれてしまったようだ。しかし、訓練の内容を決定する権限が教官にある以上、ジェネラルといえども口を挟む筋のことではない。自信を持って正当な答えを返せばよいだけである。
「はい、それであれば今晩は雨天でもあり、夜間行軍の訓練に適していると考え、自分の独断で召集したものです!」
「左様か、ご苦労である」
「いえ、先の襲撃により、兵力の大幅な減少を余儀なくされておりますがゆえ、少々過酷にはなりますが、訓練兵どもを一刻も早く戦力化するべく務めるのは、自分の職務において当然であると考えます」
「よろしい。貴様の教官としての仕事には満足しておる。良いようにせよ」
「ありがとうございますっ!」
教官の答えに満足して頷き、このまま踵を返すと思われたロードだったが、なぜか担ぎ上げられた荷物に目を留め、振り向きざまに質問を投げかけてきた。
「時にその大きな荷物はなんであるか?」
不意打ちであった。先の答えでロードを納得させることができたと安堵していただけに、教官は一瞬返答に窮してしまった。
「こ、これは、……そうです、物資の輸送訓練を兼ねるため準備したものであります!」
このわずかな戸惑いに不審を抱いたのか、それとも最初から不審に思っていたのか、ロードは荷物に近付くと鼻を鳴らして丹念に匂いを確認する。
「ふん、隠さんでもよい。儂の鼻はそこまで衰えてはおらんぞ? 荷物の中身はあのオークなのであろう? 貴様は訓練を装い、司令部に上申することなく彼の村にこれを送り届けるつもりであるな?!」
この言葉に教官の背筋は一瞬にして凍りつく。ロードの指摘通り、荷物の中には補給物資の間に隠すように、先の戦いで倒れた若いオークの体が納められていたのだ。
教官は、若いオークの身に起きたことを自分の責任と受け止め、せめて自らの手で彼を母親の元に返そうと、若いオークと同期の訓練兵の中から有志を募り、この雨を利用して密かにエンク オークの村への強行軍に出ようとしていたのだ。
「申し訳ありません、戻り次第いかなる罰でもお受けいたしますので、この場はどうか御容赦下さい!」
教官は腰を大きく折り、地面に着かんばかりに頭を下げてロードに懇願する。無断で根拠地を離れることは、場合によって脱走とも見做されかねない。最悪の場合は軍法会議にかけられることを覚悟しなければならない重大な軍紀違反なのだ。
ロードは頭を下げたままの教官をじっと見つめている。
それはほんの1分にも満たない時間であったが、その場に居る者にとっては無限にも感じられた。
「閣下っ!」
凍りついた空気を破るように、整列した訓練兵の中から1人が前に出た。
「オレたちからもお願げえします。こかあどうで見逃して下せえ!」
彼が頭を下げると、それを合図にしたように他の訓練兵たちも次々に前に出て、ロードに向かって頭を下げ始める。
「オレからもお願げえしやす!」
「お願いしやす、オレたちゃヤツをあのまんま放っておくなんざ、できやしねえんです」
「オレもです!」
「おいらもお願えしやす!」
その中には、若いオークと訓練を共にした魔法職の者だけでなく、同期とはいえ彼とは直接関係のなかった物理アタッカー職までもがいる。
最後には、荷物を担いだ者以外は全員がロードの慈悲を求めて頭を下げていた。
彼らがこの行軍に志願したのは戦友への思いも確かににあっただろう。
だが、それだけではない。いずれ前線にでて戦う彼らにとって、自分が倒れた時に正当な扱いを受けるために、先に倒れた者を不当に扱うことは絶対にあってはならないという必死の念があったのだ。
頭を巡らし、表情も変えずに訓練兵たちを一瞥したロードであったが、教官の方に向き直すと突然表情を崩し、ニヤリと笑う。
「バカモノどもめ、貴様ら何を勘違いしておる? 我が軍のために身命を賭して戦った兵士に報いるのは当然のことである。それを誰が罰することができようか。只今この場で発令するがゆえ、正規の任務としてしっかりと送り届けるように。よいな? なお、アジトを離れるのに訓練兵だけでは心もとなかろう、貴様に儂の護衛兵を預けるので存分に使うがよい。正規兵と行動を共にすることは、訓練兵にもよい勉強になろう」
ロードの言葉があまりに意外であったため、教官はそれを聞くとしばし放心したような表情になり、そして状況を理解すると先ほどよりもさらに深く頭を下げた。
「閣下……ありがとうございます!」
「礼などいらん。本来なら儂が率先して命じなければならないことである。だが、言い訳にはならんが、復旧に手をとられて後手になってしまっておった。彼と母親には詫びねばならん」
「閣下、僭越ではありますが、自分が名代として閣下のお心を彼の母親に伝えることをお許しください」
「よろしい、貴様に儂の名代として以後の処理を一任する。では儂は司令部へ戻るぞ。以上!」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
その場の全員が最敬礼で見送る中、ロードは振り返ることなく、現れたのと同じように草叢の中を悠然と歩いて行った。
雨の中、荷を担ぎ隊列を組んだ訓練兵たちは粛々と進む。
「担ぎ手は歩調を乱せ! その方が揺れが少なくなるぞ!」
教官はすべてに気を配り、細かな指示を飛ばす。
「斥候は先行して地形を偵察せよ! 残りの者は荷物を中心に縦列を組み前進!」
濡れた斜面の下生えは滑りやすい。訓練兵は暗闇でも目が効くオル マフムが多いが、それでも慎重に進まねばたちまち足を滑らせてしまうだろう。殊に今は間違っても落下さるようなことがあってはならない荷物を運んでいるのだ。前を行く斥候が安全そうな道を探しては邪魔な枝葉や潅木を山刀で切り払い、荷物が通れるだけの広さを確保し、少しずつ荷物を前進させる。
馴れない作業ではあったが、教官と訓練兵たちはなんとかアジトとクルマ湿地の境界近くまで進み、ようやく森が途切れ見通しのよい平原に到達しようとしていた。
しかし、そろそろ全員に疲労が溜まりつつある。この先は平原であるだけに移動は楽になるが、見通しがよければ敵からもこちらを発見しやすくなるということでもあるため、より迅速な移動が求められる。
疲労によるもたつきは命取りになりかねないと判断した教官は、森を出る直前で小休止して疲労を回復させ、その後に平原を一気に突っ切ることにした。
行軍を停止させ、全員に警戒を厳しくするように命じたのと同時に、前方の木の陰から肥満した大きな影がのそりと現れ、教官たちの前に立ちはだかった。
「誰だっ! なぜそこにいる? 返答の次第によっては命はないぞ! くそっ斥候はなぜ見逃したのかっ!」
教官が影に向かって厳しい声で誰何し、同時に手練の護衛兵が訓練兵を抑えて先頭に出る。
「よう、教官殿。夜中だってのに生徒どもを引き連れて遠足かい?」
この陽気な声の持ち主は、影の正体は、若いオークの上官であったキャッツアイであった。
「これはキャッツアイ様! もうお怪我はよろしいのですか?」
冒険者の襲撃によって深手を負わされ、財宝をほとんど奪われてしまったキャッツアイであったが、持ち前の身のこなしで致命傷だけは避け、ヒーラーたちの夜を徹した手当てにより、この2、3日でなんとか生命の危機を脱するまでに回復していた。
「おう、まだあっちこっち痛むけどよ、まあ1人で出歩ける程度にゃあなったぜ」
当人は気楽そうに応えるが、あの惨状を知るものからすれば、とうてい信じられるものではない。相当な無理をしているのだろう。これは何かあると教官は直感した。
「それは何よりでした。して、そのようなお体で散歩とも思えませんが?」
「お前ら遠出すんだろ? ちょいとついでを頼みてえんだがいいかい?」
「ついでですか? 我々はこれより夜間行軍の訓練ですので、キャッツアイ様といえど御用を承ることはことは難しくありますが?」
キャッツアイが軍隊的な規則を嫌うとはいっても、非番でもない者に私用をいいつけるようなことはない。しかも、わざわざ傷だらけの体をおしてのことだ。
「なに、手間を取らせるようなもんじゃねえ。ただちょいとコイツを一緒に持ってってもらいてえだけだ」
キャッツアイは使い込まれた皮袋を身構える教官に投げる。それはがしゃりと重い金属音を立てて教官の手の中に納まった。
「これは……もしやアデナですな?」
皮袋には魔法がかけてあり実際よりもかなり重量が軽くなっているはずだが、それでもずしりと重い手ごたえが感じられるところからすると、相当な額が入っているだろう事は想像に難くない。
「ああ、こないだ冒険者どもに散々毟られちまった後だから大したこたあできねえけどよ、向こうのお袋さんによ、当面の暮らしの足しにしてくれってな。……まあ、こんなことで詫びになるとも思わねえけどよ」
「キャッツアイ様も我々の目的をご存知でしたか……お気遣いありがとうございます。彼に代わってお礼を申し上げます」
「何にしても……野郎、生真面目なのが災いしちまったな」
「はい、よい若者でしたが……すべては自分の教育が至らなかったせいです」
「いや、おめぇはよくやってくれたよ。野郎の仕事はいってえ悪りいもんじゃあなかったぜ。……ただ、ほんのちいっと早すぎたんだよ。もうちっとだけ実戦の勘所を教えてやれればよ、こんなことにゃあならなかったかも知れねえと思うとよ」
「……あと少し自分の手元において生き残る術を叩き込んでおいたら……そう思うと悔やんでも悔やみきれません」
「なあ、そう手前ぇを責めるもんじゃねえよ。オレだって野郎を先に逃がしてやれなかったんだしよ……手前ぇのことに手一杯で手下ぁ見殺しにしちまうなんざ……へっ、親分親分って持ち上げられていい気になってたのがよ、ざまあねえや」
キャッツアイは雨が顔に落ちるのも構わず空を見上げる。しとどに濡れたキャッツアイの顔には、雨ではないものが混じっているのかもしれない。
「キャッツアイ様……」
教官が何かを言おうとしたが、キャッツアイはそれを遮る。
「いや、もうよしにとこう。今さら何を言ってもあの野郎がここに帰ってくるこたあねえんだ。さあ、お前たちゃもう行きな。あんまり立ち話してっと向こうに着くまでに夜が明けっちまうぜ」
「はい、では失礼します。小休止終了! 行軍を再開する!」
訓練兵たちは再び整列し、荷物を担ぎ上げる。
「おう、ひよっこども、冒険者に気ぃつけろよ!」
「キャッツアイ様も御自愛を。小隊出発!」
しとしとと降り続く雨の中、大きな荷物を担いだオル マフムの群れは、音もなく闇の中へと消えていく。
それから1つ2つ季節を経てのこと。
ディオン丘陵地帯の近くでは、片手と片目のないオークと、杖を突き足を引き摺ったオークが、お互いを気遣うかのように寄り添い、ゆっくりと歩いていく姿を見かけたという噂が人々の口の端に上ったという。
だが、それがあの若いオークと年老いたオークであったのかを知る術は、今はもう、残されてはいない。
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