1)
報道の自由には、
報道“する”自由だけでなく、
報道“しない”自由が含まれていることを忘れてはならない。
実のところ、それがマスメディアの最大の武器である。
彼らは自己の都合で報道内容を自由に選択する。
一般市民は、マスメディアが知るべきであると考えるものしか知らされない。
彼らが知るべきではないと考えるものは、それがいかに重要なことであろうと一切知らされることはないのだ。人々の意識において、知らないことは存在しないのと同じだ。
ネットの普及によってこの問題は解消されたように見えるが、ネットは能動的に知ろうとする者には情報を与えてくれる(それが正しいか正しくないかは別の議論だ)が、受動的である者には何も与えてくれないということを見過ごしてはならない。
そして、多くの一般人は受動的であるのだ。
2)
どのような戦争であれ、すべては利益を基準にして行われる。
勝利が利益を生むならば戦争は開始されるし、そうでなければ開始されない。
ただし、その利益は経済に直結するものだけではないことに注意が必要だ。
反戦運動は、それを不利益と考える為政者には有効だが、それでも反戦運動の不利益よりも大きな利益をもたらす可能性が十分にあれば、武力の行使は躊躇されない。
そもそも反戦運動を不利益とは考えない為政者に対してはまったく効果はない。
戦争を起こさないためには、戦争が利益を生まない構造を国際的に構築するしかない。
3)
戦略的互恵関係とは、相互の依存度が均等である場合にのみ有効な考え方だ。
依存度の格差が大きければ、それが少ない方(もしくは少ないと考える方)によって簡単に破棄または利用される危険があるのだ。
政府は対独戦が終結した瞬間に日ソ中立条約がいとも簡単に反故にされたことを憶えていないのだろうか。
資源小国が優位に立つためには人材と技術を育てることが重要だ。
技術移転を行うのはよいが、中核技術だけは流出させてはならないし、人を安易に切り捨てる企業は潰してしまってもかまわない。
※9月分を読み返して思うが、それにしても楽しいハナシが全然ないブログであることよ。それだけ世間に楽しいことがないということなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
※そういやアレだ、ブログのタイトルなんですがね、「人魚亭異聞~無法街の素浪人」っていう三船敏郎が主演した時代劇が元になってるんですよ。だから、最初「ハヤカワ亭異聞~ウホッGUYのスロー人」にしようとしたんですが、試しにそれでググってみたらアッチ方面の人が大量に来ちゃいそうな勢いだったので踏みとどまりました。
※現在、「傭兵哀歌」の後日譚を執筆中。本編を流さないために新しい記事を増やせないのが悩ましい。←終了
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