2011年5月1日日曜日

ネタメモ015(装甲飛行船の世界観)

月も変わったし、本はあらかた売れたみたいだから宣伝はもういいよね? とゆーコトで久々に装甲飛行船ネタ。今回は小説にする場合の世界設定などを少々。

・前史
第一次世界大戦末期、アフリカ大陸東海岸上空を、5隻ものツェペリン式大型飛行船が一路ドイツ帝国領東アフリカ目指して飛行していた。これは現地で孤軍奮闘するパウル・フォン・レットウ=フォルベック大佐が率いる植民地防衛部隊に補給と航空支援を与えるために、ドイツ帝国陸海軍の飛行船部隊より抽出して派遣されたものであった。夜陰に乗じて密かにオーストリアから出発した各飛行船のキャビンには、夥しい金塊や宝石類の箱が積み上げられて、さらに、現地軍の士気を鼓舞するために、艦隊の中央に位置する旗艦にはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の皇子であり、ドイツ帝国陸軍中佐のアウグスト・ヴィルヘルム・フォン・プロイセンとその一家がドイツ皇帝の名代として座乗していた。
だが、すでに英国が30万人近い兵力を投入している以上、いやそれだけにいかに莫大とはいえ資金と数隻の飛行船だけでは、現状を覆すことはできないだろう。逆に、明らかな劣勢であるからこそフォルベック大佐は不正規戦を展開できたのであり、ここで正攻法に転じたとて圧倒的な戦力差の前に擂り潰されるだけである。
連合国の海上封鎖を受け開戦早々に白旗を揚げた他の植民地防衛隊と違い、東アフリカ防衛隊はフォルベック大佐の的確な現状把握と現地兵を掌握する手腕によって、本国から孤立した状態でありながら、数十倍もの戦力相手に粘り強い抵抗を続けていた。このことは、ひたすら消耗を続けるだけの欧州戦線に倦んだドイツ国民にとって唯一とも言ってよい光明であり、これとの連絡を回復することは蔓延する厭戦気分を振り払うよい宣伝になるだろう。また、これで東アフリカ戦線が活性化すれば、連合国はより多くの戦力をかの地に注ぎ込まなければならなくなり、首脳のみならず国民からも継戦意欲を奪う効果を期待することができる。
しかし、飛行船による連絡線を構築しようにも、ドイツ本国から東アフリカへは、欧州の前線から遠くほぼ無警戒であるとはいえ、北アフリカから大西洋沿岸にかけて連合国の中心である英国やフランスの影響が強い地域が点在している。これらを完全に迂回するためには大西洋から大きく回りこんでアフリカ大陸を縦断することが考えられる。しかし、現在の戦況ではドイツから大西洋まで連合国の攻撃を受けずに飛行船を進出させるルートはなく、仮に可能だったとしてもまったく中継点なしに東アフリカまで飛行しなければならない。より現実的な案としては、オーストリアからオスマン帝国へ南下し、アラブを縦断してインド洋に出るというルートだろう。これならば大半がオーストリアの影響下にあるバルカン半島から同盟関係にあるオスマン帝国まではほぼ連合国の干渉を受けずに済むし、ギリギリまで地上支援を受けることが可能だ。しかし、そこから先は攻撃を受る可能性は低いにしても英国の支援を受けるアラブ諸族の監視網に引っかかる可能性が高く、またそれを逃れたとしても紅海からインド洋にいたるアフリカ大陸東岸にはやはり連合国側で参戦しているイタリアの植民地が存在する。
これらの危険を考慮したにもかかわらず、ドイツ軍司令部は飛行船艦隊のアフリカ派遣を決定した。
そうまでして彼らが東アフリカを目指すのにはある重大な秘密があった。飛行船艦隊の派遣は東アフリカ防衛隊の支援と恒久的な連絡線の構築、さらにドイツ国民の士気の高揚を表向きの目的としているが、その裏ではある重大な役割が与えられていたのだ。
この頃、欧州での戦争は完全に膠着状態に陥り、連合軍も同盟軍も相手に決定的な打撃を与えることができずに、ただ長大な塹壕線をもって睨み合うばかりであった。しかし、長期にわたる戦争は双方の国内経済を疲弊させており、このまま膠着が続けばいずれは耐え切れなくなった側が内部から崩壊し、なし崩し的に戦争の決着が付くことになるだろう。そして、その結果もし戦争がドイツ帝国にとって最悪の結末を迎えることとなった場合、皇帝ヴィルヘルム2世と政府をいずれかの植民地に移し、その地においてドイツ帝国を存続させ再起を図るというものだ。それも叶わぬのであれば、アウグスト皇子を担いで新生ドイツ帝国として独立し、プロイセン王家の血脈を残すことを意図したのである。低めに見積もっても、一等国の軍隊を10年賄えると思われるほどの過剰な金品は、プロイセン王家の莫大な私財が連合国に接収されることを防ぎ、いずれくるであろう帝国再興の時に備えた準備資金だったのだ。
しかし、数々の苦難を乗り越え、艦隊がようやくフォルベック大佐の部隊と合流を果たそうとしたとき、ドイツ本国が降伏したという情報がもたらされ、同時に英国のアフリカ派遣軍からは降伏勧告が提示された。
本国との連絡が途絶した飛行船艦隊と東アフリカ防衛隊の内部では、降伏自体が英国の謀略であるとする者と、戦況からして降伏に不思議はなく降伏勧告を受け入れるべきであるとする派が激論を交わし、結局防衛隊のドイツ人士官の一部が現地募兵であるアスカリを率いて降伏し、残りは古くから英国の侵攻に抵抗していたボーア人との連携を求めて飛行船艦隊とともにローデシアを目指し、事の真偽が明確になるまで潜伏することとなった。潜伏組の中には、東アフリカ防衛隊司令官であり、1万にも満たない戦力で、数十倍にもおよぶ英国軍を長期にわたって東アフリカに拘束し、多大な出血を強いてきた名将パウル・フォン・レットウ=フォルベック大佐も含まれていた。
そして、それ以降ドイツ飛行船艦隊を目にしたものはなく、アフリカの奥地で乱気流に巻き込まれて墜落したものと推測された。終戦後、アフリカ横断鉄道の予備調査を行っていた英国測量団が、ビクトリア湖から180kmほど奥地へ進んだ地点でそれらしき残骸を発見したことにより、飛行船艦隊は悪天候に遭遇し遭難したものと公式に認められたものである。


第一次大戦が終結し、その戦後処理のために国際連盟が設立されて数年が経った頃、南洋において商船が次々と海賊に襲撃されるという事件が発生した。
しかし、不思議なことに襲われた商船の乗組員は一人として不必要に傷つけられることはなく、また解放され帰還した船員の証言によると、周囲に島影のない場所にもかかわらず、突然小型の航空機による威嚇と停船命令を受け、その後出現した大型海賊船に積荷をすべて、場合によっては船ごと接収されたということである。
ここで最大の謎は、停船を命じた航空機が飛行艇や水上機ではなく陸上機であったことだ。これは機体にフロートがないことや、着水する場面がなかったことを船員たちが証言している。しかし、襲撃地点は洋上であり、およそこの頃の航空機の航続距離では到底到達できる距離ではない。航空母艦でもなければ不可能なことであるが、そのような艦はまだ列強の海軍ですら試行の段階であり、実用に達しているものは存在していない。当然のことながら、海賊の主力であろうと思われる大型(とはいっても数百トン程度)海賊船で運用できるものではない。
また、海賊の船員たちに対する扱いは丁重で、相当な銃火器で武装しているにもかかわらず船員が抵抗しない限りはそれを使用することはなかったし、船を傷つけるようなこともしなかった。解放されるときも最寄りの港までの航海に必要な最低限の食料と水は残されていたということだ。さらに、海賊たちの中には明らかに白人、あるいはその混血と思われる人間が多数存在し、しかも十分な訓練を受けている可能性が高いという証言もあり、これも海賊の謎を深めている。



・連合国側
国際連盟潜水艦隊
伊一○五号潜(元大日本帝国海軍所属 巡潜1型改 水偵1機搭載 派遣にあたり伊五号より改称)
オリンパス(元英王国海軍シナ艦隊所属 O型潜水艦)
マルスアン(元フランス共和国海軍所属 ルカン級潜水艦 浮上中のみ旋回式2連装魚雷発射管×2基を使用可能)
※米国は国際連盟に参加していないので公式に艦隊への派遣はない。しかし、フィリピンを中心に権益を持つため、独自の調査行動をとるか、現地の判断による協力はあるものと思われる。


・プロイセン南洋王国(海賊)側
主な人物
アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・プロイセン プロイセン南洋王国元首 元ドイツ帝国皇子(愛称:アウヴィ)
パウル・フォン・レットウ=フォルベック上級大将(ドイツ帝国では大佐) 元ドイツ領東アフリカ軍防衛隊司令官

プロイセン南洋王国艦隊
飛行船 3隻(航空機搭載ツェペリン式飛行船2隻、改ツェペリン式攻撃型装甲飛行船1隻)
航空機 7機(フォッカーDRⅠ2機、フォッカーDRⅦ4機、ルンプラー・タウベ1機)
水雷艇 1隻(S-90・南洋艦隊旗艦)
他に小型艇が数隻存在すると見られる。

※水雷艇と航空機の一部は青島を脱出した東洋艦隊残存より編入。その他にドイツ国内の支援者から人員や連合国の接収を逃れた兵器が少しずつ送り込まれているらしい。将来、スイス・ソ連領内で開発中の新兵器が送られてくる希望もある。

※プロイセン南洋王国の背後にはオランダ王国が存在する。英国とオランダ王国は、一時期同君連合となっていたこともあり、関係の深い間柄であるといえるが、近世以降の海上貿易利権にからむ戦争では数回の戦争を含む熾烈な争いを演じており、さらにアフリカではボーア戦争によってオランダ系であるボーア人が英国に蹂躙されるなど、オランダ国内には反英勢力根強く残っている。一部のオランダ人にとって、かつての同君国家という体裁も英国から押し付けられたという意識があり、その点において政府と対英戦略について方針を異にするものが少なくないと考えられる。
彼らは欧州のドイツ帝国が崩壊し侵略の危険性がほぼなくなった以上、その残党がインド洋から南シナ海に拠点を作るのであれば、アジアにおける対英仏日の利権争いにおいて有効な手駒となりうると踏み、密かに支援を行っている。

※オランダは第一次大戦では局外中立を保ち、終戦時にはドイツから亡命した皇帝ヴィルヘルム2世を受け入れ、後にドイツ共和国から要求された身柄の引き渡しを拒否している。

プロイセン南洋王国はニューギニア島に拠点を置く。元々北東部はドイツ帝国の植民地であることと、島のほとんどが未開で連合国に察知されずに拠点を作りやすく、さらに西側にオランダ植民地があり、オランダ系の反英勢力からの支援を得やすいためである。
南洋王国はあくまでドイツ帝国の分家であり、国王にはアウグスト皇子を戴く。ヴィルヘルム2世は亡命中であるとはいえ本国の皇帝であり、南洋王はその臣下という扱いになる。

装甲飛行船は水素によって浮力を得る。この時代、安全な浮力ガスであるヘリウムはアメリカが独占しているため入手が難しいことと、ヘリウムは漏出しやすく浮力ガス嚢の製作に高度な技術が必要であるためである。水素ガスは酸素と結びつきやすいため爆発の危険性が高いが、これを軽減するため、硬式飛行船の構造を利用して、飛行船外殻とガス嚢の間に窒素ガスを充填して酸素を排除している。窒素ガスは空気とほぼ同等の比重となるため浮力への影響はごくわずかである(酸素や二酸化炭素よりも軽いのでプラスとなるだろう)。これにより、炸裂弾以外での銃撃では爆発を起こしにくくなった。しかし船内では呼吸ができず、保守作業員には呼吸装置が必要となる。この負担を軽減するため、船内作業を行わない乗員用にキャビンと銃座、推進用エンジンなどの間を移動するためのキャットウォークや縄梯子が船体外に張り巡らされている。

ちなみに、飛行船が急速に衰退する契機となったヒンデンブルク号の事故では、従来はその原因を水素ガスの爆発とする説が強かったが、近年では船体外殻を覆う帆布に塗布された酸化アルミ系の塗料が帯電によってテルミット反応を起こして燃え広がり、水素ガスの爆発はこれに誘発されたもので、被害を拡大したものの決定的な要因ではないとする説が有力とされている。当然ながら、この事故以前に建造された飛行船にはこの塗料が使用されていると考えてよいし、対策が施されている可能性も低い。

装甲飛行船が現在まで目撃されていないのは、船体を雲に隠し、偵察用のゴンドラのみを雲下に下げて行動していたため。敵船を発見すると空中空母に改装されている僚船に連絡して航空機を発進させ、敵船を停船させるのである。このため、装甲飛行船の行動は曇天時に限られることになる。ただし、飛行船はその特性から悪天候に対して脆弱であるため、スコールのような急激な天候の変化がもたらす雲に隠れることは難しいだろう。

装甲飛行船の基本構造は、ツェペリン式硬式飛行船2隻を接続した双胴型。2隻を繋ぐフレームの間にも気嚢を設けることによって、装甲化による重量の増加分を補う浮力を得ている。装甲板は船体下面とキャビンに取り付けられており、高射砲弾の破片を防げる程度の防御力が与えられている。攻撃を受ける可能性が低い上面は重量軽減のため装甲化されない。航空機による上面への攻撃には、船体各所に設けられた機関銃座の弾幕によって対抗する。

大型化による機動性の低下を補うために、小型の水平動翼が船体の前後に追加されている。しかし、潜水艦よりはマシとはいえ機動性が劣悪だということに変わりはない。特に、高度を変化させるためには浮力ガスの放出やバラストの投棄などが必要であり、急降下や急上昇は不可能である。なお、追加された翼は多少の揚力を発生させることが可能であるため、ガス嚢の一部が破損した場合でも、最大速度で航行すれば降下率を多少低下させることができる。



※市場調査っていうかさ、トレジャーブックが売れたかどうか調べるためにNCブログで検索して引っかかったところを覗いてみたさ。まあ、ほとんどがアイテム目当てだってのはそういう本だからいいんだけど、開くとイキナリ音楽が鳴り出すところが多くて閉口したよ。ハヤカワさんPCは音楽(プログレとかプログレとかテクノポップとかプログレとか)再生しながら弄ってるから、急に大音量で鳴られると心臓に悪いのね。大抵好みに合わないしさ。

※『ぱれっとLite』が休刊になったようだ。『ぱれっと』本誌に移動できたのはタイアップものと「みりたり」ぐらいか。←5月2日

※普段は1日の閲覧数が0~3ぐらいなのに、なぜか2~3週おきに数時間で10ぐらい閲覧される日があるのね。フシギ。大抵ヘンな検索ワードがついてくるんだけどもね。ネタメモがらみで。←5月5日

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