今回は鉄道少女隊の背景となる世界について。
この時代の欧州では、第一次世界大戦は勃発したものの、大規模な戦略輸送に欠かせない国際間鉄道網を鉄道委員会が掌握しているため、史実のような急速な拡大が起きていない。また、鉄道委員会は万国平和会議で定められた軍需物資以外は自由に輸送ができるため、国際間輸送が完全には停止しないことから、戦争の影響で市民生活のレベルが極端に低下してしまった国家は少ない。このことから連合国と同盟国双方の国力がなかなか疲弊せず、現在も大戦は終結せず、ほぼ膠着状態にあるといえる。参戦国間で休戦条約が複雑に絡み合ってしまったため、小競合い程度の戦闘が広範囲で発生してはいるが、全体的な均衡が崩れないため、戦線から離れた後方では平穏な生活が営まれていることが多い。
・鉄道委員会の発足
鉄道委員会の発足は1905年で、当初は7か国(スイス、ネーデルラント、イタリア、ポーランド、フランス、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィア)であった。なお、鉄道発祥の地である英国は、国家戦略として海上輸送の支配維持を採用しているため、国際的な陸上輸送網の拡充には積極的ではなく、むしろ反対の立場をとることが多いため参加は見送られた。しかし、鉄道による国際輸送の増加は多くの国に経済発展をもたらしたため、加盟国は徐々に増加し、現在では60か国を超えてユーラシア大陸をほぼ横断することが可能となっている。
・加盟のために
鉄道委員会へ加盟を希望する国家に対しては、まず政府が鉄道委員会の政治的独立を保障することを求められる。さらに、鉄道委員会に必要な鉄道施設を委譲し、それらを鉄道委員会が制定する規格に従って改修しなければならない。改修費用は加盟国と鉄道委員会が相応に負担することになるが、近年、可変ゲージ車両の導入に伴い完全改修後の委譲から逐次改修へと改められ、新規加盟までの期間と費用負担の軽減が図られている。しかし、駅施設やトンネルなどは加盟時に改修が終了している必要があり、軌道に関しても走行安定性などの問題から長期間可変ゲージ車両を使用することは難しいため、最終的にはすべて改修をおこなわなければならないことになる。加盟後に新規に鉄道を敷設する場合などの費用は加盟国と鉄道委員会が応分に負担し、通常の保守管理は鉄道委員会の負担となる(共用路線を除く)。なお、鉄道委員会が委譲を受けた路線は、たとえ不採算であっても委譲元である国家との合意がなければ放棄することはできず、運営中は一定以上の列車を運行する義務が生ずる(国鉄的な縛りであるといえる)。
なお、加盟国はすべての国内鉄道路線を鉄道委員会に委譲するわけではなく、国際輸送の比重が高い路線に限定され、一部の区間では国内鉄道との相互乗り入れもおこなわれている。乗り入れの場合、運行の指示は当該路線を管理する指令所がおこなう。
余談だが、鉄道委員会の主たる業務が国際輸送に制限される理由は、鉄道委員会が国内物流を含むすべての物流を掌握した場合、経済面から国家運営が支配されてしまう危険性が高く、これを恐れた初期加盟国が総意として鉄道委員会の業務範囲を限定しためである。しかし、後に加盟した小国の中には、国庫の大きな負担となっている国内鉄道の運営も鉄道委員会に委ねたいというものもある。
鉄道施設を委譲した加盟国へは鉄道債が発行され、鉄道委員会への委員選出権と輸送利益に応じた配当が与えられる(円卓会議への委員の派遣は直接の利益誘導にはならないが、自国にとって不利な運営方針が採られるのを阻止することができるため非常に重要である。英国はこれを恐れて、大陸と接続する鉄道を持たないにも関わらず、植民地の鉄道網拡充を理由に加盟することになった)。
ちなみに、大日本帝国の加盟時には、日露戦争に勝利した際に賠償として得た南満州鉄道と、それを経由して大陸横断鉄道に接続可能な、東京~神戸~下関の2路線が委譲されることとなった。
・主要な加盟国
大日本帝国
鉄道委員会においてもっとも新しい加盟国の一つ。アジアの最東端に位置する島国で、大陸とは海峡で隔絶された環境である。古代~中世までは大陸との交易もおこなわれたが、近世になって徳川幕府が鎖国政策を採ったため、近代に明治政府が成立するまで大陸との交流がほとんど失われていた。本作の時代は昭和期であるためすでに開放政策が採られ、他の国家との交流も活発に行われるようになって久しい。英国の支援で国内に独自の鉄道網が整備されつつあるが、現政権は産業振興にも力を注いでいるため、さらなる経済発展が期待できる鉄道委員会との接続を強く望んだ(日本は一次大戦では戦場にならなかったため、荒廃した欧州の工業生産を肩代わりする形で好況を続けたが、戦争が膠着しつつあることから欧州の生産も回復することが見込まれ、このままでは過剰な工業生産力を抱えて恐慌に陥る危険が高いため、早急に新たな市場を開拓する必要があった)。このため、大日本帝国政府は積極的に鉄道委員会との交渉を重ねてきたが、国土を大陸と隔てる海峡が障害となって長期間頓挫することとなった。しかし、やはり大陸と海峡で隔てられた英国が加盟したことと、これに伴い鉄道委員会が最新の外洋型鉄道連絡船を就航させたことで相互の路線が接続可能となり、ついに新規加盟が実現したものである。正式な加盟以前から準備が進められており、国内の鉄道規格の改修は交渉開始当時から鉄道委員会の監修の下におこなわれた。日本は国土全域において山地や狭隘な場所が多く改修は多大な困難を伴ったが、鉄道委員会からの有形無形の援助によって、最重要幹線は加盟までに完了することができた。後に路線短縮のために開通する丹那トンネルの掘削には鉄道委員会からの技術供与が大きく貢献しているといわれる。
帝政ドイツ
欧州の中央に位置し、フランス共和国と大陸の覇権を争うライバル。中世にはフランク王国として欧州最大の覇権国家であったが、相続によって分割された神聖ローマ帝国の時代に諸侯の権力が増大し、国内に小国が乱立する状態となってしまった。しかし、近年になって新興のプロイセン王国を盟主として念願の再統一を果たした。現実の歴史では欧州大戦後に帝国は解体されてワイマール共和制に移行するが、本作の世界では帝国は維持されてたままである。これは、一次大戦の開戦時点で鉄道委員会が欧州の鉄道網の大半を掌握していたため、鉄道による大規模かつ迅速な戦略移動が困難となり、一次大戦自体が大規模な国家消耗戦に至る前に膠着状態に陥ったことが影響している。逆に国力を消耗し尽くすような決定的な敗北に至らなかったことと、流通が停止しなかったことで食糧事情など市民生活が安定しており、史実では発生したキール軍港での水兵の反乱に代表されるような市民階級の蜂起がなく、ドイツ側が一部の国境線を後退させることで連合国の一部との休戦が合意できたことによる。ただし、開戦時の皇帝は休戦条約締結の前に廃位されており、現在では講和派の新皇帝が擁立されている。つまり、現在も戦争状態は続いていることになり、かつてビスマルクが目論んだ、国家間の緊張を巧みに利用した平和の時代に回帰したものといえる。
フランス共和国
ドイツと同じくフランク王国を祖とし、欧州西部でも最大の国土を持つ国家。その巨大な農業生産力で多数の人口を養えることから、特に近世の絶対王政成立以降からは欧州の強国の一つとして君臨してきた。反面、鉱物資源の国内生産は低く、工業を拡大するためにはこれらを国外から輸入しなければなないという、近代国家としては大きな弱点を持っている(ちなみに、フランスが文化的にはドイツに近いアルザス=ロレーヌ地方の領有にこだわるのは、この地域が石炭や鉄鉱石といった鉱物資源に恵まれているためである)。このため、海洋支配や植民地拡大などの面で、常に英国と対立(歴史的経緯もあるが)しなければならない。しかし、フランス海軍は英国海軍に正面から対抗しうるものではなく、フランスは次善の策として、英国に影響されない陸上輸送の拡充を選択することとなった。まず、欧州を縦断して南は地中海、北は北海(ドーバー海峡)に面している地理環境を利用して、これを接続する鉄道を整備することによって、ジブラルタルの価値を低下させ、さらに鉄道委員会の設立を後押しすることで欧州一帯の鉄道網と接続するし、英国の独占的な海上輸送に対抗しようと考えたのである。
ソヴィエト連邦
ロシア帝国期にシベリア鉄道が完成したところで鉄道委員会に加盟し(ただしウラジオストク線のみ。支線であった南満州鉄道は日露戦争の賠償として日本に譲渡されている)たが、直後に共産主義革命が起こり、革命政府は共産主義的思想からあらゆるインフラを国有化することを求め、鉄道をも強制接収しようと試みた。しかし、運営に必要な幹部職員をブルジョワという理由で大量に粛清してしまったため、接収したとしても維持運営できないことが判明し、止む無く鉄道委員会による運営の継続を認めることとなった(これには、シベリア鉄道の建設に協力したフランスが鉄道員会に加盟していたことも影響している)。だが、その代償として、本来委譲された鉄道網のゲージは鉄道委員会の規格に沿ったものになるのだが、ソ連邦政府が広軌を強硬に主張して譲らないため(容れられなければシベリア鉄道の破壊だけでなく、鉄道委員会のすべてをコミンテルンの敵として攻撃の対象とする宣言文まで用意していたようである)、シベリア鉄道の大半である共用路線には、鉄道委員会規格のレールに1本追加する形でソ連邦規格の広軌車両用のレールが敷かれ、1軌道にレールが3本という変わった風景が存在する(かつて箱根登山鉄道と小田急鉄道が相互乗り入れしていた小田原~箱根湯本間を参考に)。なお、ソ連邦による脅迫が成功したのは、他に極東地域へ到達する路線が存在しないことや、国土の広大さから物流の停止による経済封鎖が効果を挙げにくいという特殊な事情が働いているためであり、他の加盟国が同様の行為に走ったとしても同じ結果は得られないだろう。
なお、近年鉄道委員会では職員を意図的に出身地から遠ざけるように配置する人事が試みられているが、これはロシア革命時にロシア出身の職員の一部が呼応して鉄道の奪取に加担しようとしたためである。ただし、これについては委員会内でも過剰反応ではないかとの声が上がっている。
大英帝国
世界各地に広大な植民地を持つ巨大帝国。しかし、その本国は鉄道発祥の地でありながら、大陸から海峡で隔てられているため、鉄道委員会への加盟は長らくおこなわれなかった。これには、国内に小鉄道が乱立し、それらの規格統一ができないまま発展してしまったことも関係していると思われが、やはり最大の要因は、ジブラルタル~スエズ運河~インド~シンガポール~香港という、極東と欧州を繋ぐ海上輸送の要所を保持し貿易を独占することが国家戦略の根幹であるため、これを脅かす存在を認められないという点にある。だが、鉄道委員会の加盟国が増加の一途を辿り、英国のみが加盟しない状態で外交圧力によってこれらの伸張を牽制することが難しくなったため、渋々ながら加盟することとなった。このため、鉄道委員会内ではその活動を抑制する方向に力を注ぐ、いわば獅子身中の虫となっている(時代が下ってからのことであるが、第二次大戦中に日本がタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道を建設し輸送に利用していたが、戦後になるとシンガポールの重要性が低下するのを恐れた英国の戦略で路線の一部が破壊されている)。なお、鉄道委員会の公用語は英語とフランス語となっているが、フランス語は本部が置かれるスイスの言語であるから当然としても、国際間鉄道網の拡充に消極的(というか反対)な立場を採る英国の言語も選ばれているのは、鉄道発祥の地に敬意を表してのことである。
・スイス連邦
鉄道委員会発足の中心となった内陸国家で、永世中立であるため各種の国際機関の本部が置かれることで有名。鉄道委員会の本部もスイスの鉄道ターミナルであるチューリッヒに存在する。海を持たない内陸国であるため、周辺の国際情勢次第で物流が停止する危険が常に付きまとうという危機感から、相互安全保障としての鉄道委員会を構想し、実現を主導した。
・主な非加盟国
アメリカ合衆国
新大陸を代表するの巨大国家。国土が広大であるため、流通機関としての鉄道は古くから発達しているが、地理的に隔絶しているため鉄道委員会との接続はない。これは、合衆国が外交において孤立主義を採っているためでもあるが、国内鉄道を鉄道委員会が採用しているメートル法基準に変更することを産業界が強く拒んでいるということも要因であるとされる。しかし、鉄道技術のノウハウの蓄積が大きく、それに関連する技術者も多いため、鉄道委員会にスカウトされた合衆国出身者は少なくない。
なお、鉄道委員会の内部では、ベーリング海峡に架橋して旧大陸と新大陸を接続する計画や、アリューシャン列島を経由する連絡船で接続する計画などが提唱されているが、どちらも技術的に実現が難しいだけでなく、路線の維持管理や採算性の問題から疑問視されており、現在では具体的な調査すらおこなわれていない。大日本帝国と大陸の間で運行されることになった外洋型鉄道連絡船は、鉄道委員会技術局がアリューシャン案用にまとめていた仕様を転用したものらしい。
中華民国
列強に蚕食された大清帝国を倒して創建された国家。しかし、大清帝国が日清戦争に敗北した結果、北部の主要な鉄道網を賠償として日本に譲渡してしまったため、鉄道委員会と接続可能な鉄道路線を持たず、現状では加盟が見送られている。さらに、共産主義革命を目指す勢力との内戦状態が続いていることから、中華政府の独力では新規の鉄道建設ができない状態である。しかし、英国のアジア植民地を経由する南回りの大陸横断鉄道路線が建設されつつあるため、すでに日本まで延びている北回り路線との接続を図るであろう鉄道委員会からの援助を受ければ建設が可能になるとの期待が中華政府内では高まっている。しかし、鉄道の委譲直後に革命が勃発して混乱が起きたソヴィエトの前例があるため、鉄道委員会内では内戦の趨勢を見極めるまでは静観するべきであるとの意見が強い。
大韓帝国
長らく中国の属国であったが、日清戦争の結果独立することになる。本作の世界情勢では、欧州大戦後の経済ブロック化が鉄道委員会の存在によって進展しなかったため、日本に併合されることはなかった。しかし、実情としては日本の自治領といったところである。日本と大陸を結ぶ連絡船は大韓帝国の釜山と日本の下関の間で運航される。この連絡船は当初シベリア鉄道の始発に当たるウラジオストクから新潟を結ぶ予定であったが、両都市間の距離が大きすぎ、日本海には適当な避難港がないことなどから、シベリア鉄道を満州里から分岐する支線を経て釜山に至る路線が採用された(新潟から東京へ向かう路線は山間部を多く通過するため改修が困難であったことも影響している)。
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